pop'n musicのこと
PSが家にやってきたころのことは今後書くとして。
PS、SS、64が中心ハードだったころ、いわゆる音楽ゲームというジャンルが何作品か家庭用ハードに移植されてたように記憶している。
専用コントローラも多かった。DDRに憧れて専用コントローラごと友達から借りたりもした気がする。難しくなると結局普通のコントローラでやっていたが…。
中学生のころ、最もお金を使ったゲームはpop'nだった。
家庭用では4、筐体では6から。
そう、家で遊ぶだけではなく、友達と一緒にゲームセンターに通いだしたのだ。
当時はしょっちゅうゲーセンに行っては友達とプレイしあったり、バトルしたりしていた。かけたお金のわりに、あまりうまくはならなかったが、友達とゲーセンに通うのは楽しかった。
あのころはかなり人気もあって、近くのゲーセンで大会も開かれていたと思う。100円で五曲プレイできる設定にしてあったことも。
うまい人の後ろでこっそり腿たたいてたのは今思い出すと恥ずかしい。…中学生らしかったなぁと思う。
レベルや★が一曲一曲についていて、難易度の高いものに少しずつ挑戦するのは楽しかったし、上達しているのが実感できるのもよかった。
また、筐体のボタンの押し心地がすごくいい。
(確か限定生産で筐体まんまのコントローラも発売されていたと思う。1万円以上だったけど…)
残念ながら、PSP以降専用コントローラの発売はなくなってしまったが、また出してほしいなと正直思っている。
PSPのソフトは買ったのだが、やっぱりボタンを実際押すほうが気持ちいいのが正直なところなのだ。かと言って近くのゲーセンに行く勇気がでないのも正直なところ。
KONAMIがゴエモンの続編やpop'nの家庭用コントローラを出してくれるのを願っています。
MGSシリーズがやはり主力シリーズなのだろうし、本当にいいソフトが多いのだけれど。パワプロもプロ野球スピリッツもいいのだけれど。
好きな音ゲーシリーズがだんだん家庭用では下火になっていくのがちょっと寂しい最近。ビーマニはまだ専用コントローラ出してるのかなぁ。
KONAMIといえば別の作品も最近続編が止まっているのだけど、続きを願ってやみません。
聖剣伝説3のこと
子どものころ家にあったハードはSFCだけ。
でも、他のハードがほしい!と思ったことはなかった。
当時、SFCしか知らなかったからであるし、また、ソフトも出揃っていたので友達と遊ぶのにも困らなかった。
思えば、聖剣伝説は私にRPGのなんたるかを教えてくれた。
レベルの概念があり、敵を倒せば倒すだけキャラクターが強くなる。
キャラクターや国があり、イベントが進行し、空を飛ぶアイテムやモンスターがおり。
しかも主人公やそのパーティが選べ、序盤や後半のルートが変化するため何度でも遊べる!画期的!
当然、のめりこんだ。
私はホークアイが好きで、友人はリース・シャルロットが好きだったので、初回はその三名。
続いて、逆のケヴィン・アンジェラ・デュランの攻撃型。
そして、女子パーティ、男子パーティ。
よくもやったなと思う。
大体リース・ホークアイ・シャルロットは全員補助回復で決定力不足だし、男子パーティはクラス3になるまで回復アイテムに頼り切りだった。
ダンジョンだって繰り返し同じ場所を攻略することになる。
しかし、何度もやり直す魅力があった。
主人公、PC2、PC3誰を選ぶかで終盤のルートが変わる。
ラスボスも三パターンあり、それぞれ主人公の宿敵になる人物を倒すという流れだったと思う。
また、パーティに特定の二人がいた場合、特別な会話イベントがあったのも好きだった。
無論、一緒にプレイする友達あってのことである。自分ひとりであれほどはやれない。
今見直しても、RPGの基本要素がしっかり入った作品で、当時このソフトをプレイできて本当によかったと思う。
しかし一つ悔しいことがあってね。ソフトは友達のものだった。
SFCはソフトがとにかく高くて、フルプライスの人気作品はいつまでも値段が下がらなかった。自分の家で一緒にやれるとはいえ、ソフトを持っている友達がうらやましかった、というのは別のお話し。
次に発売された聖剣伝説LOMもいい。
こっちは、ちゃんと自分で買いました。
ゲームについて
物心ついたころから、テレビゲームというものは身近な存在だった。
残念ながら兄弟もおらず、共働きの一人っ子だった私にとっては、テレビとゲームは時間を共に過ごす存在だった。
家にゲームを持ち込んだのは父だったが、今でもゲームをするのは私だけになった。働くようになってからは、ハードを買うのもソフトを買うのも私。
最初に触れたゲームは将棋のゲームだったように思う。
それから、SFCの「テトリス武闘外伝」。
今考えると、確かに「外伝」だった。
テトリスというと、時間が経過すると下からブロックがせりあがってくるタイプのものか、ぷよぷよでいう「とこぷよ」のように落下速度が速くなっていくタイプのものを想像するのだが、武闘外伝は対戦に重きを置いたソフト。
あまりうまくはならなかったが、よく遊んだのだ。
当時は父とよく遊んでいたのだが、お互いに持ちキャラがおり、今でもどんな技を使うキャラだったか思い出せる。
昔は、ゲームがきちんとコミュニケーションツールにもなっていた。
多分、私はどこか寂しいのだと思う。
ゲームというものを楽しんで話せる仲間がほしいのだと思う。
まぁそんなわけで、ブログのスペースをせっかく作ったので。
好きなゲームのことでも、つらつら書いていこうと思う。
泳ぐこと
夏休みというものに入りましたので、プールに行ってきました。
目標は「1kmは泳ぐ!」と打ち立てたのですが、結局800mどまり…
小学生のときのほうがずっと泳いでられたのだけどなぁ…
大人になってわかったのは、水をかく感覚くらいですねぇ。
もう少し体力つけるためにも、定期的に泳ぎに行こうと思います。
見通しを持つ
私が小学生、中学生などと呼ばれていたころ。
在籍していた学校から、「宿題」が出ることはありませんでした。
せいぜい、あるとしても自由研究というもの。
恐らく、土曜日登校があり、学習内容にも余裕があったのでしょう。
今より「学力」という言葉が重たくなかった時代だったのだと思います。
(また、小学校や中学校受験をするのが一般的な地域でもありません)
その代わり、高学年以降は長期休業の前にワークを買ってもらい、夏休み中に仕上げるのが決まりになりました。
タイトルの通り、ここで小学生の私が苦しんだのは「見通し」です。
ワークを仕上げるため、ページを日割りしていくのですが、
うまくいきません!
午前中はNHK教育を見てだらだら、午後からはドラマを見たりゲームをしたり、気づけば夕方。
父母の帰る前に、焦って仕上げようとし、日割りのページが終わらない。
明日多くやろう!と力むものの、溜まっていくページ。
おわかりですね。
最終日近くなり、溜まったページにひいひいするのです。
今考えると、「日割りで毎日がんばり続ける」が私には合わなかったんだと思います。
子供時代の自分に言ってやりたい。
「なんでも中日を入れて、予定通りにいかないところのカバーをするように計画しなさい」
結局、これかなぁと。
幼いなりに、「私ならできる!」と思っていたのだと思いますが。
今年の休みはもう少し有意義に過ごしたいと思います。
おう、放置。
作ったことすら忘れていたので、久しぶりにログイン。
何を書こうと思ってダイアリーを作ったのかすら忘れてしまいました。うわぁ…
とりあえず、nos99の好きなものを書いてみます。
・「タブラの狼(洋題:Lupus in Tabula)」
ゲームの説明はこちら。
大学生のころ、サークルの先輩が飲み会に持ち込んで、夜通し酒を飲みながらやったゲームです。インターネットでも遊べるはず。
嘘を見抜くのが下手なので、村人が回ってきても全然活躍できないのですが、狼で勝ち残ったときは楽しかったなぁ。
人数が必要になるのでなかなか遊べませんが、いつかまたやりたいなぁと思います。ネットのほうもぼちぼちと遊んでいます。
一度やった20人村公証人あり、とかは本当に楽しかった。
潜伏狂人がブラフだらけの遺言書いてたり、ハムが意外と生き残っていたり。
時間がえらくかかるのだけは辛いですが、死んでしまったらほかのテーブルゲームをして過ごしていました。
家庭用ゲームや携帯ゲームも好きですが、アナログゲームも時間と人数があれば楽しそうです。いつかTRPGなどもやってみたいなぁ。
…一緒にやる相手がいないと辛いですががが。