入院日決まり
今日から39週の1日目。
昨日、健診に行ってきて、やはりまだ陣痛も遠そうとのこと。計画和痛分娩の入院日は来月になった。
そこまでに陣痛来るかな……来るかもな……???運動はしてるけどマッサージが足りないのかな……とかちょっと混乱しつつ、あと2週間出産まであるかも、となってちょっと落ち着く。まぁそれより早く来たらそれはそれ。
昨日しまうまプリントからアルバムが届いたので、夫にアルバムを渡した。
夫は泣いていた。人生で暫定一番の嬉しい贈り物なんだそう。やったね。
内診のおかげか昨日は張りが多かったけど、今日はわりと落ち着いてしまった。ので、冬物の洗濯をしたり、歩いたり、スクワットしたり、眠くなったら昼寝をしたりのんびり。
少しずつ、少しずつ、出産に向かっていますように。待ってるよ。
38週4日目
いよいよ予定日まで一週間と少し、らしい。
しかし、体は全然まだっぽい。内診でも、まだ産道が柔らかくなっていないとのこと。計画無痛分娩の予定で、しかも入院日が固定(毎週月曜)なのだが、このままだと自然分娩の可能性が結構高いなと思っている。
私の母は私を生んだとき予定日超過で、10日前後超過した上破水が起きて生まれたそう。当時は陣痛促進剤とか使う方向ではあまりなかったのかな?と思うものの、母を見ていると私も予定日超過するタイプなのでは?と軽く考えている。
スクワットやラズベリーリーフティー、マッサージなどの産院から勧められたことは行っているものの、だからといって急に体の様子がガラッと変わるわけでもなく。
まぁ来週39週に入るときには、もしかしたら様子も変わるかもな、くらいに思っている。8日以上前に陣痛くる人ってそうそう多いわけではなさそうなので。
流石に、張るという感覚は少しわかるようになってきた。
今月末か来月には、子に会えるはず。
体重は+7kgで落ち着き。
読書習慣
産前休暇に入り、図書館を利用して図書を借りたり、読んだりしている。
1つの本に集中するのが気質的に難しいので、並行して数冊を読んでいるが、返却日までに読めるものもあれば読めないものもある…どうにも目が進まない本もあるにはあるのだ。
並行して、と書いたものの、手にとってとりあえず読む、また違うタイミングで違う本に…というバラバラさで進めているとすぐに返す日が来てしまうので、昨日から「○○章まで読む」と決めてから読むようにした。少し進みが変わるだろうか。
あと本当に二週間くらいで予定日かー。体は少しずつ準備をしているのかな。
ちなみに体重は落ち着きを取り戻したと思ったらまた三日で1kg増えてた。ははぁ
体重管理
妊娠後期まであまり体重が増えなかったというか、安定期にお正月があって体重に一回注意が入ったときから管理を始めるようになった。
後期過ぎるまで食べ物量を気にしたり、運動したりして、5kgくらいの増で落ち着いていた。産前休暇に入って、少しずつまた増え始め、現在は6から7kg増くらいに落ち着いている。
結局野菜をしっかり食べつつ、間食は食べる量を抑えること、三食はよく噛んで食べること、これにつきるのかなぁ。
臨月なので、あとは歩いたり、立ち上がる度にスクワットを10回したり。
この後ぐんと増えるのかな……あと三週間くらいで予定日。
アルバム作り
先日からの夫への感謝と、もうすぐ終わってしまう(再スタートする)この時間を思い出すものがほしくて、付き合いはじめの時期からのアルバム作りを始めた。
しまうまプリントで作成中。
夫が寝ている朝とか、学校に通っている平日などに少しずつ作っていこうと思う。
まだ付き合う前の写真しかまとめおわってないけれど…
昨日のこと
朝四時半に朝がやってきたことに安堵し、眠れなかったけれど起きた。
Twitterで友人が夜通しぽつぽつ呟いていたので、軽く挨拶して、自分の状況を聞いてもらい、ヨーグルトを食べて軽く血糖値を上げる。はてブに一昨日からの自分の気持ちを書き、眠たくなったので一時間ほどリビングでうたた寝。
夫が、八時頃に一旦トイレで起きてきて、一緒に横になる?と声をかけてくれた。
夫と付き合っていたときは、私達は一緒に布団で寝ていた。あまりに狭かったし、私の寝相もあり、夫の寝付きもあり、さらに夫と私では起きる時間が結構違うこともあり、現在は同じ部屋で違う寝具で寝ている。
夫のセミダブルの布団に、私の抱き枕を挟んで横になった。とんとん、と私の左肩の辺りを軽く叩きながら、夫は目を瞑っていた。私は、優しさとか温かさとか、そういうものに泣いてしまった。
一時間ほど横になったが、寝付けはしなかった。しなかったけれど、暖かくて満たされた。
トーストを二人分焼いて、前述の友人から頂いた冷凍スープを温めて、夫の朝ごはんを久しぶりに私が準備して、食べた。私も、トーストを一枚食べた。
産前うつ、というものに何人かの妊婦さんはなるようだよ、と話したら、そうだよね、当然だよね、と夫は私の不安定さを受け止めてくれた。その受け止め方が本当にありがたかった。
11時半から学生時代の友人とランチの予定を前々から入れていたので、とりあえず10時に出かけた。夫は、歩いてく私にベランダから手を振ってくれた。見ててくれるかな、と振り返ったら、ちゃんと見ていてくれてて嬉しかった。
友人とのランチは、時々睡眠不足からふわふわとした気持ち悪さを感じつつも、楽しかったし美味しかった。産後は、暫く人と会えなくなるのだなという事実に、不安定になっていた部分も大きいのだとわかった。
夫にいらいらとしていた産前休暇期間、私は人と会いたかったし、会えなかったことで知らぬ間にストレスを溜めていたのかもなと思った。夫、ごめんなさい。
帰るタイミングで、夫に連絡をしたら、地下鉄駅まで迎えに来てくれた。眠れなかった一昨日のことを考えていたら、夫のことを考えていたら帰りの電車のなかでぽろぽろ泣いてしまい、改札の向こうで待っててくれた夫の顔を見てもう一度泣いてしまった。
帰りにスーパーで夕飯の食材を買い、夫の鍋が昨日も美味しかった。アメトークを見て、お腹がぱんぱんになった私はトイレとリビングを往復し、短時間寝室で寝たあと歯磨きをしてもう一度眠りについた。
昨夜は、24時から4時半まで起きずにすんだ。眠たかったら、日中寝るつもりだ。時間はたっぷりあるのだから。
夜中、お腹の中の人の名前は、夫が出した案3つのどれかにしたいな、と思った。
子は、夫の良さが発揮された子であってほしいな、と思った。
夫にとてもとても感謝した日、期間、夜
昨日は、私が学生時代から始めた趣味の集まりでの、お花見があった。
私が臨月に入ったこともあり、徒歩と地下鉄で片道40分ほどのお出かけだけど夫もついてきてくれた。(夫はこの趣味をやっているわけではなく、顔見知りではあるがアウェイ)
まず、出がけに腹帯をつけ忘れて家を出てしまう私。
途中で気が付いたら、すぐ「取ってくるよ」と夫。
歩き始めは、毎回気張ってしまうのかお腹が痛くなりやすいのだけれど、急かさず、いつも止まってくれる。地下鉄では、席のことを心配してくれる。夫と一緒は、安心して、出かけられた。
花見の始まりの時間が午後の途中だったので、昼食を食べてから、花見に向かうことにした。昼食の場所は、二人でたまに行っていた好きなうどん屋さん。
わりと人気のお店でしかも祝日。お天気がいいので「並ぶのも苦じゃないね」と話していたら、すんなりと入ることができた。座ってすぐ注文をする。
産休に入ってから特にトイレが近いので、注文後すぐにトイレに向かうと、外にお客さんが並び始めた。「たまたま、私たちの入ったタイミングがよかったのだな」と、思った。夫と出かけると、結構こういう場面に遭遇する。入るタイミングの時にはすんなり入れるが、ご飯を食べる最中には外でお客さんが並び始めて、なんだか得した気持ちになることが多いのだ。
トイレから出て、夫に、「あなたとご飯を食べるときに、こういうことが多いね」となんだかうれしいような気持ちで話しかけた。夫は、私がそういうことが多い人なんじゃない?と返してくれた。
うどんはとてもおいしかったし、体調的にたくさんの水を飲む必要があり、たくさん食べすぎてはいけない私はゆっくり食べてたくさん飲んだ。夫は自分のうどんの具を少しずつ分けてくれ、私のお腹が落ち着くのを待ってくれた。
お昼が済んで、まだ1時間くらい時間があった。
どこかに行きたいか問われて、時間をつぶす案を一つ二つ挙げたものの、ぱっとせず。歩きがてら、先日、テレビで見た神宮に、行きたいなと伝えた。夫は、道を調べてくれ、一緒に歩いてくれた。昨日は、すごく素敵なデートだった。階段を上がるときは、後ろについてくれ、安心させてくれた。
神宮につくと、それぞれ手水で手を洗い、狛犬を触り(縁結びと安産祈願のご利益があるらしい)、参拝をして、おみくじを引いた。福御籤が200円で、細かいお金が少し足りず困っていたら、100円私に渡してくれた。夫は、自分の分の細かいお金がないこともあって、お守りを買ってくれた。健康お守りと、子どものお守り。
お御籤は、私が小吉、夫が末吉。夫は、内容が厳しい!と笑いながら、もう一回おみくじを引いた。今度は小吉で、「安産、産後に注意」と書かれていたものを一回目のお御籤と一緒に財布に入れた。
お花見には、40分ほど遅れて参加した。
趣味の集まりの人たちは、私達より年下も、年上もいるが、概ね夫婦、子どもをもっている親としては先輩ばかりで、私達をとても気遣ってくれた。「頑張ってね」「尊いよ」「結局痛いんだから、体重はもう気にしなくていいよ」「生まれてからが大変だぞ」などなど…
1時間半、穏やかな陽気の中、遊ぶ子どもたちや話す親たちと過ごした。夫は、その場所に一緒にいてくれ、子どもたちの遊ぶ様子を楽しんで眺め、先輩たちの話を楽しそうに聞いてくれた。わからない話も多かったろうに、ありがとう。
お花見が終わった後は、夜の会に向かう人達と別れ、マクドナルドに行った。コーヒーゼリーパフェの2回目を食べるために。道を熟知している夫を尊敬した。
コーヒーゼリーパフェは、発売1週間たって、オペレーションが整ったのか、とてもきれいな盛り付け、申し分ないボリュームだった。おいしかった。夫が頼んだナゲットも二人で分けた。マクドナルドで、夫に、「階段とか、お腹が痛いときとか、私は当人だから大丈夫だろうと思えるけど、傍から見ていたらその痛みとかって想像してもわからないわけで、心配になるのは当然だよね」と言ったら、「うーん。心配というより、『こうなるかもしれないから、先に備えておこう』ってする方が安心なんだよね」と返してくれた。すごいな、と思った。
帰ってきた後、オンラインで知人とゲームをした。
たくさん笑った。23時には大体終えて、オフラインにして、ささっと寝支度をして、寝ることにした。夫も、あまり変わらないタイミングで、布団に入った。
嫌な感じのする夢で起きた。
何となく、時計を見たらまだ1時半だった。夢見のせい&臨月に入りこれからあんまり眠れないぞ&こんな風に産後は急に起こされて孤独な夜がもりもりだぞ、という状態に急にパニックになり、二度寝するにもまず全然寝ていない状態に驚き(しかも眠くないのだ)、「どうしよう」とつぶやいて体を起こした。
そしたら、夫が、心配そうに「大丈夫?」と起きてくれた。起きてくれたのだ。
最近、夫は寝つきが悪いようで、休日の朝起きてくる時間も遅く、絶対に起こしたくないな、と思っていた。でも、昨夜は本当に追い詰められた気持ちだったのだ。ああ、産後眠れなくて、体力も削られ、孤独を感じて鬱になるルートが見えるぞ?こんな明けない夜を何度も繰り返せるのか?って、絶望的な気持ちになっていたのだ。
夫が、起きてくれたのだ。
特大の感謝だった。私は一人じゃなかったのだ、と思った。
妊娠、出産を考えたきっかけは、2021年度末。
上司に、次年度の業務希望を聞かれたときに伝えた「出産を考えています」という言葉。もう、今の職場に異動してきてから、年を経るごとに与えられる立場が重くなり、コロナ禍に入って挙式タイミングも逃し、その上新人と組まされ続ける3年間。(新人はみんな優秀で、困ることはなかったけれど、妊娠タイミングはずらし続けた)
私はもう35になっていた。
昨年度も、任された内容がとても重かった。そろそろ、妊娠や出産を考えたかった。
夫は、以前「父になる自信がない」と言っていた。けれど、私は子どものことを彼と相談した。夫は、妊娠に向けて一緒に妊活をしてくれた。私の卵巣は実年齢より年老いていたが、検査とタイミング法で、なんとか妊娠に至った。
夫は、契約社員だった。ちょうど私のつわりが始まった昨年度の秋ごろ、契約更新せず、雇用保険をもらいながら資格試験の準備をしたり、再雇用の講習を受けたりして、仕事を始めず、支えてくれた。彼のキャリアを曲げてくれた、のだ。
このことについて考えるときに、いつも複雑な気持ちになる。彼自身はどう思っていたのだろう、私の妊娠がなければ、資格試験に受かった後春にまた仕事を始める目算だったというのに。
妊娠期間、またはそれ以上、彼は私を支えてくれた。
彼と結婚し、家族になってよかった、と強く思った夜だった。
子が生まれるということは、子が中心の時間になるわけで、私たちのライフスタイルは大きく、本当に大きく変わる。夫の時間も、変わるのだ。夜遅くまでゲームで通話をしながら遊べる時間は、この後しばらく取れない。(片方が遊ぶことはできそうだが)
乳児の世話、離乳食、保育園、送り迎え、買い物、色々…彼の時間も、それらのことにたくさん使われるわけで、出産が私のエゴだったのでは、私は本当にその変化に耐えられるのだろうか、と恐くなってしまったのだ。本当に、子に、申し訳ないことに。
この産前休暇だって、夫とたくさん過ごすことができているこの連休だって、土日だって、この子(と私の仕事の制度)がくれた時間なのだ。
夜中に私の声で起こされた彼は、怒ることなどなく、パニックになっていた私を宥め、落ち着かせ、また眠りについた。私は、まとまってそのあと寝付けなかったが、特大の夫への感謝、思考の整理、「横になって目をつむっていれば睡眠の7割くらいは取れる」というどこかで聞いた知識、その他夜中の地震や夜中も動いているTwitterのTLによって、落ち着きを取り戻せた。眠れなくても、明るくなってから寝てもいいじゃない、と開き直れた。
結局、ぼんやりと眠りに近いような状態で3時間過ごし、4時半に起きてヨーグルトを食べながらこの文章を書き始めた。
何年たっても、この、特大の感謝を忘れずいたい。
落ち着いたら、夫への手紙をしたためようと思う。今まで、妊娠期間、昨日、昨夜。あなたと家族になって、本当に私はよかったと思っていることを伝えたいのだ。